2013年4・5月号


玲游舎硝子堂
佐々木玲子さん




田舎暮らしのめくるめく世界を楽しみながら、
黙々と美しい物を作りつづけています。


素敵な大人

元々音楽や表現することに興味があり、
高校生の夏休みにたまたま参加した絵の
講習会にいた先生が、もっと本質的なことを
考えて制作したらと仰るのを聞いて、こんな
に素敵な大人がいたと思ったんです。
本当に良い仕事をする大人したいと思って
黙々と自分の仕事をする大人がいるんだな
と思いました。一番素敵な大人がいる絵を
描く世界に行ってみたい。
そんな理由から多摩美術大学で日本画を
学びました。


「カキーン」を表現したい

ある時、紙芝居の絵を描くアルバイトがあり、
童話が大好きな私は宮沢賢治の「雪渡り」
を題材に選びました。
カキーンとした雪原を描こうと思って水彩で
描いていると、ガラスみたいなもっと堅い
もので表現するべきものなの?
っていうことがぱっと頭に浮かびました。
その後、大学の授業でステンドグラスの実習
があったんです。
日本画を描いているうちに、日本画は
最終的には線と色だなと思ったんです。
ステンドグラスも、線とガラスの色なんで
すよね。実習が始まる前にガラスっていう
素材を意識したことがあり、やってみよう
と思って授業にでたんです。


ないなら自分で

ステンドグラスは面白いけれど色の数が
少ないから、ガラスから作ったらどうだろう
かと思いました。
どうやったら作れるのか先生に聞きに
行ったら、ガラスの学校がもうすぐできると
いうことで、大学を卒業後、学校設立の
スタッフとして働き始めます。
本当はステンドグラスの先生の助手のような
形で入ったんですけど、結局は人手が
足りなくて、ガラスの吹き場で職人さん達に
お茶を入れたり、風呂の準備したり、そう
いう仕事をするんです。
それでもまだ自分はステンドグラスだと
思っていたんですけれど、手が足りないから
手伝え!と言われて、吹きガラスの方に
段々進んだんです。




災い転じて福と成す

昼休み前と仕事が終わる前の最後の一つ
になると、先生達が途中まで作ったのを
くれて、続きを作れって言うんです。
手取り足取り教えることは決してない。
私たちが仕上げるのを横で見ていて、まだ
二十年早いな!って言うんだけど、次に
また教えてくれて、そうやって
吹きガラスの仕事を覚えていきました。
二、三日に一回夜勤があって、朝八時まで
働いて仮眠して、十二時には出て行かないと
やる気がないと言われるような世界で二年間
助手をしました。
これで体を壊したんですけど、いざ自分で
工房を持とうと思った時に、煉瓦を積む
所から何でもできるんですよね。
だから本当に人生は、何が幸いで何が災い
かは、本当に死ぬ時まで分からない。


中華料理とオーブン料理

吹きガラスの作品は中華炒めと同じで、
火の仕事が始まったら強火でジャっと
仕上げる。材料を切り揃えたり湯通ししたり
とか、下準備をしていればすぐできる。
それから、電気炉でのヒュージング(色ガラ
スを切ったり重ねたりして組み合わせて熱
で溶かす技法)の作業は、オーブンの仕事
と似ている思います。
食パンの上に色が違うチーズをいっぱい
のせてオーブンに入れて、焼けるとチーズ
が融けて色んな模様がのったトーストに
なる、そういう感じが電気炉の仕事。


原点に戻る

実用品を作る時にはまず自分が美しいと
思える形を追求する。
作ったら必ず一年ぐらい自分で使いながら、
美しさと使いやすさのバランスを考える。
使うために時間をかけて改良した物なので、
飾っておくより使ってくれた方が嬉しい。
売れる物を作ろうと思うことはありません。
料理と同じで、人に食べさせようと思って
作っていると、微妙な所でどこを完成に
するかで迷うんですよね。
やっぱり自分が作りたいと思っている物は
最後の決定で迷わないし、迷っていると
質が下がってくると思う。
吹きガラスはもの凄い熟練が必要なので
ずっとそれをやってきました。
元々絵を描く所から来たので、これから
やりたいことの一つは、手の込んだ飾り皿
のような物を、電気炉でじっくり作るような
仕事を充実させることです。
かつて素敵だと思った大人には未だなれて
いないけれど、近づけるよう今も目指して
います。




玲游硝子堂
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佐渡情報

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