2017年2・3月号
げんまる つれづれ 綴り
大寒がやってくる。
冷気が極まって最も寒さがつのる頃だ。
年々寒さにも堪えるようになってきたから
「さぁびぃーー(寒い)」と
この時期は、口癖のように言ってしまう。
とはいえ、大寒は二十四節気の最後の節気。
大寒が終われば、次には新しいスタート、
立春がやって来る。
立つ春や〜♪
そう聞くだけで気持ちは少し暖かくなる。
だが、そうはいっても実際には暦の上だけ。
現実には、やっぱり「さぁびぃ」のだ。
「さぁびぃさぁびぃいうても、冬は、
さぁびぃに決まっとるんだっちゃ。」
過日、親父によく言われたことを思い出す。
ところで、この「さぁびぃ」だが
言わずと知れた佐渡弁である。
なのに、佐渡弁ということすら忘れて
標準語のように言っている自分にふと気が
ついて思わずひとり大笑いしてしまった。
かつて職場の同僚に方言がでないね、方言が
聞きたいとせがまれたくらいだったのに・・・
今じゃすっかり自分でも佐渡弁の方が
しっくりくるのだから、驚いてしまう。
実のところ、方言なんて田舎もんの象徴と
馬鹿にしていたのが本心。
年齢を重ねた今だからこそ方言で話せると
いうのもあるのかもしれない。ある意味、
封印していたといったほうがいいのかも。
幼い頃に聴いて身についた方言は、一時
しまっておいただけで、今頃になって
どんどん思い出したりするのだから面白い。
一昔前とは違い、今や標準語がこれだけ
広がっている中、佐渡では今だに若者でも
佐渡弁を使うという。
核家族化が進んで年寄りとの同居世帯も昔に
比べたら減少傾向にあるのに、佐渡弁だけは
次世代に受け継がれているという事実に
驚いてしまう。三歳くらいの幼子でも流暢に
佐渡弁を話しているのを耳にするとビックリ
し思わずニヤニヤしてしまう。と、同時に
ほっともする。方言を嫌がる人も多々いるが、
方言は、ふるさとを懐かしむことのできる
大切な思い出、宝物である。
無理にとりあげないでいつまでも引き継いで
いって欲しいと思う。
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