2019年4・5月号


NPO法人佐渡芸能伝承機構

理事長
松田 祐樹さん







鬼の名手だった父


生まれは両津です。
高校を出て東京の大学に行き、五年で
帰ってきて家業を継ぎました。
戻ってからは遊び呆けてましたね(笑)。
先年亡くなった父は、観光客の前で鬼
太鼓を見せる「両津鬼太鼓組」に入って
いて、それこそ毎日のように舞ってい
ました。
父は子供の時から鬼を始め、若い頃か
ら名手と呼ばれました。
鬼を舞う父は父ではなく、私にとって
は鬼の面を被って変身したヒーローだ
ったんですよね。
大勢の観光客から拍手喝采で、昭和四
十年前後でしょうか、当時は舞台にお
ひねりが飛んだんですよ。
それを私が拾って回ったりしてね。
自分は小学一年の時に父の先輩から鬼
を手取り足取り教えてもらい、面白く
てやるにはやってたんですが、父ちゃ
んのとは違うぞって言われて(笑)。
それでも六年生までやって、中学にな
って春日に引っ越して鬼とは疎遠にな
りました。





芸を極めたい


三十半ばの頃、町内のスキー仲間に、
地元の鬼太鼓を手伝ってくれと言わ
れて入りました。
鬼は子供の頃に習ったものと違って
いたので最初から太鼓でしたね。
みんな一所懸命で上手なんですが、
祭りだけではなく色んな所に出かけ
て、もっと芸を極めるようにしたい
と感じるようになって。
それで若手の意識をもっと高めよう
と、家に呼んで夜遅くまで飲んで語
り合ったりしました。
あちこち声をかけてイベントがあれ
ば積極的に出るようにして、鬼太鼓
in原宿やアース・セレブレーション
に出るようになりました。
また技術向上のためにもっと競わせ
たいなと、太鼓と踊りをやっている
鼓動の女性に習いに来てもらったり
しました。
プロとしての取り組み方や身体の使
い方など、これが若手にとってもの
凄い刺激となりました。






NPO法人について


春日の鬼組の裏方は四十五歳まで
と公言していたので、その後は十年
以上かけて、島内の鬼太鼓全てを見
て回りました。
それで新潟日報に芸能の記事を書い
たりしていたら、周りの人からその
力を島内に向けろと言われまして、
平成二十年からNPOの代表をやって、
いや、やらされている感じですか
ね(笑)。
三年経って自分が必要なければ辞め
ますと言っていたんですが、十一年
目になりました(笑)。
今、会員は約二十名います。
主な活動は鬼太鼓だけではなく、島
の芸能を見て歩いて記録したり、地
域の祭りの相談事などに応じたりし
ています。
それから外部の人たち、これは島外
の大学生が中心ですが、
彼らとの交流のお手伝いで、これは
もう十年以上続いています。
みんな佐渡が大好きになって、佐渡
の大ファンになる人が多いですね。
社会人になっても交流は続いていま
す。これらの活動が認められて
「第十四回JTB交流創造賞 組織・団
体部門 優秀賞」をいただきました。
受賞は自分たちにとっても、また島の
人たちにとっても励みになればと思い
ます。






名手が好き


これからは引き続き、佐渡と島外の芸
能の比較をしたいと思っています。
今年は休日を利用して、「牛深ハンヤ祭
り」「山口の赤崎楽踊」「福井の王の舞」
「滋賀のケンケト祭り」などに行く予定
です。
全国の祭りを俯瞰して見て、鬼太鼓の
歴史的な経緯や流れを調べたり、引き
続き島外との交流を図っていきたいで
すね。

佐渡の祭りへの希望ですか?
そうですねえ、各地域には名手を育て
て欲しいですね。
名人は今や地域内だけでは育たないの
ではと思います。
色々な見聞を重ねたりすることが大切
ではないかと。
ですから、「どこの鬼太鼓が好きか」
と訊かれれば「どこのではなくこの人
の芸(名手)が好き」と答えます。







  

佐渡情報

2013 S*Life all right reserved.