2020年10・11月号



版画家
本間 尚子さん








充実の大学生活


両津の看板屋に生まれて高校まで佐渡で過ご
し、大学は神奈川の女子美術大学で芸術学を専
攻しました。高橋信一先生(注)の弟子だった
父の影響で、小さい頃から版画はやっていまし
た。父は国画会の会員で今でも盛んに作ってい
ます。
大学進学を決めても将来の夢ははっきりしてい
ませんでしたが、島を離れて羽を伸ばせること
が嬉しかったです(笑)。家族は佐渡を離れる
ことに反対しませんでした。芸術学科では色彩
学、美術史、油絵、陶芸、デザイン、カメラな
どを学び版画はやりませんでした(笑)。卒論
は色彩学について書きました。大学生活はとて
も楽しかったです。グループ展を開いたりコン
ビニでアルバイトしたり、友人も楽しい人達が
多くて、あの頃を思い出すと今でもふわふわっ
となります。卒業後は当時東京大手町にあった
逓信総合博物館に契約社員として入社しまし
た。学芸員の資格を持っていたのですが、あま
り上手く生かされなくて一年半ほどで辞めまし
た。職人さんに憧れていたので職業訓練校で和
裁の勉強をしたものの、業界内での職人の待遇
が良くないことを知り、一年で辞めたというか
挫折しました(笑)。都会は情報も多く刺激も
あって楽しいことは楽しいのですが、住む場所
ではないと感じるようになり、自分のしたいこ
とがあればどこでもできるのではと二〇〇三年
に佐渡に戻りました。





彫らずにはいられない


佐渡に戻ってからはとりあえず何か作ろう
と、それからは版画生活です。二〇〇八年に結
婚するまでの五年間は集中してずいぶん作りま
した。版画のテーマは特になくて、創作の動機
は「とにかく彫らずにはいられない」というこ
とでしょうか。二〇一八年あたりから具象じゃ
なくて抽象的なものが作れるようになって、そ
れが私の中では大きいですね。 やり続けている
とやはり心の中のものを表したいと思うように
なりました。とはいえまだまだ五里霧中の状態
です。作品は大きさによって表現するも
のが全然違ってきます。大きな作品は自分
の悩みとか苦しみなど、面的な思いが混じって
きて、小さなポストカードぐらいですと、何か
気楽な、それこそ落書きみたいなものでも大丈夫、
みたいな感じになります。製作日数は大きいもので
調子が良ければ三週間ほどでしょうか。
もちろん上手く進まなければ何ヶ月も持ち越します。
色々な思いを込めているので、途中で投げ出すこと
はしません。版画は何度も版を重ねた最後に結果が
出るので、出来たときの喜びは大きくてアドレナリン
が多めにます。








薄くなった版画文化


現在島内での版画文化は薄くなっています。
佐渡市の展覧会では版画の出品は十点ぐらいで
しょうか。亡くなった高橋先生の教えを受けた
方々が、市の展覧会で何度か賞を取ってしまう
と無鑑査となって出品する資格がなくなり、そ
の方々も高齢化しています。版画甲子園に佐渡
の高校生も頑張って出しているのですが、卒業
したら止めてしまうのか、二十代の人とかはあ
まりいなくて、七十七年生まれの私が若手と言
れています。佐渡は版画のレベルが高いので
もっと広がると良いなと思います。





一生版画を


版画に没頭していると悩みや苦しいことが自
分の中で半減するように感じられ凄く助かって
います。おばあちゃんなるまで版画を続けてい
きたいです。そのためには体力もつけなくては
ならないし、色々なものを吸収しなくてはなり
ません。誰でも好きで続けられるものがあるこ
とは素晴らしいことではないでしょうか。
そのためにも、やはり体力と時間が欲しいです
(笑)。




(注)高橋信一
(たかはし しんいち 一九一七〜一九八六)
佐渡市浜梅津出身。版画家。
両津高校美術教師。世界的な版画作家で
あるとともに佐渡において版画制作の
輪を広げた。









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〒952-0106 新潟県佐渡市新穂瓜生屋323
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